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バーをこよなく愛すバーファンのための WEB マガジン

2016.07.13 Wed

たまさぶろのB A R 遊記国際空港ビジネス・ラウンジに、
BAR文化はやって来るのか

たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイスト

外国映画のワンシーンには、空港のBARがよく登場する。BARで別れを惜しむ、田舎に帰ろうとする主人公をBARで捕まえ留まるように説得する…なんてカットはよくあるパターンだ。

トム・クルーズがその人気を不動のものとした大ヒット映画「トップガン」でも、自身のパートナー「グース」を事故で亡くし、街を去ろうと空港で一杯決める主人公を、教官役の、そして彼女でもあるケリー・マクギリスが説得に来るシーンがある(ちなみにグースの奥さん役が、まだ無名だったメグ・ライアンであることは、映画好きには有名)。当時、貧乏学生だった私は「よし飛行機に乗るような金が出来たら、ぜったいに空港で一杯決めよう」と意味不明の決意をしたものだ。空港のBARでの一杯は、大人の証に思えた。

米同時多発テロの影響で、アメリカの国内線もセキュリティが厳しくなってしまったが、それ以前、アメリカの空港では送迎客も搭乗ゲート前まで、同行することができたためでもある。つまり、アメリカでも今となっては「トップガン」のワンシーンを再現することができなくなってしまった。

記事内1
米出国前に味わう至福のカクテル、ジントニック

過日、米ワシントン州シアトルのタコマ国際空港から日本へ帰国しようとすると、アメリカの春休み中の週末とぶつかってしまい、港内は大混乱。この狂騒は2001年、米同時多発テロ直後の帰国時でも体験したことがないほど。長蛇の列に辛抱し出国に2時間を費やした。ほうほうの体で混雑から抜け出すが、かなり時間に余裕を持ってホテルを出発したのが幸いし、ラウンジで一服することができた。

商用ではビジネス・クラス、私用ではエコノミー・クラスという典型的な貧乏人の私でも、ラウンジが使えたほうが気持ちいいに決まっている。ラウンジに足を踏み入れると、清潔感あふれるフロアでは、多くの客がPCを叩いている。さきほどまでの喧噪が嘘のようなビジネス・クラスならではの典型的な光景だ。入るとすぐ右側にBARカウンターが設えてあり、しっかりとバーテンダーも配している。さすがは、アメリカの航空会社、ラウンジの中にまでBARを用意しているとは気が利いている。

記事内2
気さくなバーテンダーのジョセフさん(本人の了承済)

通常の、特に日系航空会社のビジネス・ラウンジにBARはない。カウンターが設えてあったとしても、その並びの冷蔵庫にワインやビールにウイスキー、そしていくつかのスピリッツやソーダ、レモンなどが用意され、セルフサービスとなっている。乗客は思い思いの酒を手に取り、時として自身でソーダ割りを作り、テーブル席でくつろぐ流れだ。

しかし、この日の「デルタ・スカイクラブ」は、街中やホテルのBARと同様に、カウンターでオーダーするだけで、バーテンダーから酒が振る舞われる仕組みとなっていた。

シアトルを名残惜しむため、ローカル・ビールで、喧噪を抜け出した自分を潤す。地元のクラフト・ビールを用意していると言うので、まずはPIKEのインディアン・ペール・エールにトライ。人ごみにもまれ、水分を渇望していたせいもあろう。のど越しもよく、五臓六腑に染みわたる。いや、いい気分だ。出国審査官による、人を人とは思わないような扱いをすっきりと忘れさせてくれる爽快感。

またしばらく、シアトルに戻って来る機会に恵まれないとも限らない。お代わりには、地元のジンでも指定。CAPTIVE SPIRITSのBIG GINが差し出されるので、「それをベースにジントニックを」とオーダー。すると、バーテンダー氏はやや申し訳なさそうに、ローカル・ジンは「8ドルになる」と告げる。ラウンジで振る舞われるお酒のほとんど無償だが、こうして特別な酒を指定したり、高価なブランデーやウイスキーをオーダーすると、有償のケースもある。日本の空港のラウンジようにすべて無料だと思い込んでいると恥をかくので、慣れていない方は心に留め置いて欲しい。そして、もちろんチップも忘れずに。

記事内3
ローカル・クラフト・ビール PIKE IPA

記事内4
ジョセフさんの手の内にあると小さく見えるが、BIG GINのボトル
このBIG GIN、ほのかな甘みとジェニパーのバランスに感心する出来。トニックで割ってもその特徴がまったく消え失せることがない。搭乗前から極上の気分。これで空へと上がるわけで「天にも昇る気分」とはこのこと…。

さて、いい気分ながらふと考える。こうした洒落た空港のBARは、なぜ日本の空港に備えていないのだろうか。もちろん、「皆無」というわけではない。北海道の新千歳空港には、麗しきバーテンダーの立つ「The Earth Rook&Tarry」があり、なんと午前10時からオープンしている。

だが、出発前にグラスを傾けるとなると、手荷物検査を通った後、つまり国際線なら出国手続きを済ませた後に、このデルタのラウンジにいるようにのんびりと一杯やりたいもの。私の知る限り、日本の空港で出国審査後となると、かろうじて羽田空港の国際ターミナル内にBAR RAGEが出店。ビール、ウイスキーから各種カクテルまで堪能できる。トランジットも想定しているため、24時間営業。さすが国際都市・東京の空港。

ただ、残念なことに、そこは純粋なBARではなく、カウンターでは酒をオーダーするのみ。受け取った後は、テーブル席で呑むスタイル。カウンターはキャッシャーであり、バー・カウンターではない。ここには知人バーテンダー氏が2人もいるので、ちょっと会話も愉しみたいが、後には次の客がオーダーのために列を成しているので、まさに挨拶のみでお別れとなってしまう。ひどく残念だ。成田国際空港の「アビオン」がカフェ・バーを謳っているものの、あくまでテーブル席で呑むスタイル。店の「カウンター」は「BAR」ではなく「キャッシャー」に過ぎない。

BARを語る上で欠かせないのが、バー・カウンター席。日本語では「カウンター席」と表現するが、海外では店に入ると、英語で「bar or table」と訊ねられる。バー・カウンターなくして「BAR」とは呼ばない。カウンター席では、バーテンダーと客とのコミュニケーションが生じる。それこそがバーの醍醐味。

空港のBARは、日本でももっと普及すべきではないかと、いつも思う。商用でも私用でも、ひとり知らない街を訪れた際、帰り際に愉しかった、もしくは忙しなかった滞在を惜しみ、その行程について心の整理を行う場所として、もっともしっくり来るのはBARだ。

せめて、日本のビジネス・クラスのラウンジに、BARができないものか。日系航空会社のラウンジを振り返ると、日本から出発する際はもちろん、海外から帰国する際のラウンジにもBARが備えてある例を見たことがない。実は同じデルタ航空のラウンジでも、成田空港ではBARが併設されていない。前回、「ビジネス・クラスの美味いワイン」について快く回答頂いたため、今回も調子に乗って広報に問い合わせた。

「最新のデルタ スカイクラブのデザインは、シアトル、JFK、アトランタ、ミネアポリスなどのラウンジを見ていただければわかるようにバー・カウンターのあるデザインで統一されています」。

成田国際空港のデルタ・スカイクラブが刷新されたのは2007年のこと。以来10年近くマイナーチェンジのみで使用されているのが現状。つまりバー・カウンター付きのラウンジは、デルタ航空がハブとする空港から徐々に敷設されており、成田にはそのリニューアルが及んでいないということだ。

逆に考えると、今後リニューアルが進められ、成田のラウンジがバー・カウンター付きラウンジへと変身する日がやって来るかもしれない。すると、各航空会社ともにサービスで水を空けられたくない…と考え、日本の国際空港にもバー・カウンター付きのラウンジが続々と登場…など呑み助にとって明るい未来が開かれる可能性すらある。

外国人渡航者にとっても、日本のクラフト・ビールやクラフト・ウイスキー、もしくは希少日本酒までも出発前に味わえる日がやって来るかもしれない。海外への渡航がさらに待ち遠しくなる…BAR評論家としては、そんな日を待ち望んでいる。

 


 

たまさぶろ
元CNN 、BAR評論家、エッセイスト
立教大学文学部英米文学科卒。週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。CNN本社にてChief Director of Sportsとして勤務。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」をプロデュース。日本で初めて既存メディアとウェブメディアの融合を成功させる。これまでに訪れたバーは日本だけで1000軒超。2015年6月、女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』上梓。米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York』、2016年1月発売予定。
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