BAR TIMES

2019.08.19 Mon

BAR TIMES編集部が今注目するTOP BARTENDERSerpent(セルパン)山崎 聡さん

第5回[TOP BARTENDER Philosophy]BAR TIMES 編集部

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TOP BARTENDER Philosophy

バータイムズ編集部が今注目のバーテンダーをご紹介する編集企画「TOP BARTENDER Philosophy」(トップ バーテンダー フィロソフィー)。バーテンダーの仕事とは、カクテルとは、今後のビジョンはなど、トップバーテンダーたちは、どんな思いやこだわりを持って自らを高め、理想に向かって邁進しているのか。普段のカウンター越しでは見られない一面をご紹介いたします。

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個々に寄り添う高いホスピタリティ。
目指すのは、日本の新しいバー文化。

大阪の北新地にあるバー「Serpent」(セルパン)。和モダンを感じさせる店のカウンターに立つのがバーテンター、山崎聡だ。「Serpent」とは、旧約聖書『創世記』に記された最初の人物のひとりであるイヴに、禁断の果実を差し出し誘惑した神の使い『蛇』の意。「お酒はある意味で快楽を誘う禁断の果実。五感のすべてを刺激する上質さを提供しなくてはならない」と語る山崎氏に、バーテンダーとしての人生観を聞いた。



バーはとまり木。鳥が羽を休めるように、人もまた日常から離れ心をほぐすため、カウンターに腰を下ろす。様々な思いを持ち寄り店へとやってくる客に対し、山崎氏はどう接しているのだろうか。


お顔の表情や服装、来店される時間帯。お客様が今どのような状態にあるのか、店の扉が開いて席に着かれるまでの間に察知します。疲れた表情であればそっと寄り添い、デートにふさわしいお洒落な服装であれば心が弾むような会話を提供し、9時頃であれば食後と予想し、まずはお水を差し上げる。お一人お一人の状況を見て取り、お客様が何を求められているのか慮ることがバーテンダーとしてのサービスだと思っています。お酒の知識があり、おいしいカクテルをご提供することももちろん大事ですが、そこはスタートラインでしかありません。色々な意味で目が良くないと、この仕事は続けられない。若い時代、修業をする中で私はそう感じるようになりました。

山崎氏が本格的にバーの道へ進んだのは20年ほど前。今よりも師弟関係が色濃い時代だった。山崎氏にも尊敬できる師匠がいた。それはどのような人物で、どのような影響を受け、彼は今にいたっているのか。


職人気質なところもあって、細かく教えてはくれないんです。だから見て盗むしかない。でも、その経験があったから、お客様に対しての目を養うことができたんだと思います。北新地という華やかな場所だからこそ、お酒の提供の仕方にも艶があって、色気を感じさせなくてはいけない。一つひとつを丁寧に、臨場感を持たせ、お客様の期待をそそる、そういった物の考え方は師匠から影響を受けたのだと思います。単にお酒を提供すれば良いのではないということです。また、取り扱うお酒が多岐にわたり、20年も前からグラスでワインやシャンパーニュを提供するスタイルをとっていました。おかげで膨大なお酒の知識を得ることができました。



これまでのバーテンダー人生を振り返り、ゆっくりと、そしてじっくりと語る山崎氏。

一から十まで、自分で一貫した仕事をしたい。その思いは強く、高校時代からバーテンダーを視野に入れていたという。専門学校を卒業後、横浜のホテルでサービスのいろはを学び、街のバーへ。山崎氏のバーテンダー人生が始まった。


初めてバーテンダーとして勤めたのが横浜にあるバーでした。そこで修業をするつもりでしたが、家庭の事情でどうしても大阪に帰る必要があり、1年ちょっとで退職し、大阪で再出発しようと決めました。それが24歳の時です。そこからはすべて3年のスパンで物事を考えました。最初の3年は大阪きっての繁華街でキャリアをスタートさせ、接遇やお酒の知識などバーテンダーとしての基礎を身につける。次の3年は店長として店を任され、スタッフを育て自身のマネジメント力をつける。その3年後に独立をする。それで北新地のバーに勤め、27歳で今の店の店長に抜擢され、32歳でこの店を継承する形で独立しました。独立までに少し時間がかかりましたが、目標を実現できたことは自信にもつながっていますし、私を育ててくれた師匠やお客様にも心から感謝しています。バー業界では普通、たった3年で店を任せてもらえないですから。

客と正面から向き合い、良いこともそうでないことも受け止める。山崎氏がこれまでのバーテンダー人生を振り返った時、どのようなことに喜びを感じ、この先何が大切だと感じているのか。


店のカウンターに立って十数年、本当に多くのお客様に支えられてきたと感じています。以前、お客様からこんな言葉をかけていただいたことがありました。「結婚や子供が生まれた時など、僕の人生の節目にはいつもこの店があった」と。心が震えるほど嬉しかった。お客様と向き合い、真摯に接してきたからこそ、いただけた言葉だと思っています。これまで、日本のバーやバーテンダーは、その独自のスタイルや技術に対し世界から高い評価を得てきました。ですが、今や世界のトップバーにおいて高い技術と知識を備えたバーテンダーは大勢います。私は、表面的なホスピタリティではなく、相手を慮る、察しと思いやりという文化こそ日本人の心情だと思っていて、それが新しい日本のバー文化として今後世界で通用していくのではないかと確信しています。



カウンターに並ぶ年代ものの酒や良質な音で聴く音楽もホスピタリティのひとつ。

ワインやシャンパーニュを買い付けに度々ヨーロッパを訪れるという山崎氏は、日本と海外のバー業界をどう見ているのか。深刻な人手不足、長い下積み、時代の流れ。日本のバー業界のあるべき形とは、その持論を山崎氏はこう語る。


働き方改革が叫ばれている昨今、バー業界も変化を求められているのではないかと感じます。労働時間の長さ、休日の少なさ、対価など現状を考えると変えていかなくちゃいけない。海外を例にあげると、有名大学を卒業して飲食業に携わった人が、調理やカクテル製作、接遇までこなします。きめられた時間の中で、残業もなく。それで3〜4年で職人と言われるレベルにまで到達できる、それが現在のスタイルです。日本では一人前と認められるまでに10年以上はかかります。それでは世界の流れには到底追いつけないと思うんですね。昔ながらの子弟制度ではなく、しっかり個々をマネジメントしてスピード感をもって育成していく。それが日本のバー業界にとって今後必要になってくることだと思います。

20代の頃から常に目標を掲げ、実現までのリードタイムを自ら決め、実行してきた。その山崎氏が今後向かっていく先はどこか、どんな夢を描き、どう叶えていくのか。その視線の先を聞いた。


実は今、慣れ親しんだ大阪を離れ、東京の銀座に出店するという新しい夢に向かって動いています。目標は、先述した新しい日本のバー文化を具現化するために、真のホスピタリティを提供できるバーテンダーを育て、さらなる高みを目指していくことです。具体的には、3〜4年の間にマネジメントのできるバーテンダーを育て上げ、その人が同じ時間をかけて同じようにスタッフを育てていく。これを繰り返すことで多店舗展開ができると考えています。この想いが明確になってきたのは数年前で、実際に動き始めてみると、最初はドキドキ、次第にわくわく、今では大阪を離れることに寂しさを感じています。昔からのお客様がお別れを言いに遠方からわざわざ足を運んでくださったり、海外にいらっしゃるお客様に応援メールをいただいたり、本当に感謝しかありません。その方々の想いを無駄にしないよう、夢を夢で終わらせない、そう心に誓っています。



現在のセルパン店内。東京銀座に出店しても、和モダンな店の雰囲気は変えない予定だという。


プロフィール
山崎 聡(やまざき・さとし)
大阪府出身。高校時代にバーテンダーへの憧れを抱き、真のサービスマンになるため専門学校を卒業後、横浜のホテルに就職。接遇の基本を学び、本格的にバーの世界へ。大阪の北新地にあるバーに勤め、現在の「セルパン」の店長を経て、店を継承する形で独立。多くの客から惜しまれながらも閉店を決意。2019年10月に東京銀座に出店予定。

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