2018.01.24 Wed
過去から現在、そして未来へ繋ぐ可能性バーテンダーとして生きるということ
BAR TIMES 編集部TOP BARTENDER Philosophy
バータイムズ編集部が今注目のバーテンダーをご紹介する編集企画「TOP BARTENDER Philosophy」(トップ バーテンダー フィロソフィー)。バーテンダーの仕事とは、カクテルとは、今後のビジョンはなど、トップバーテンダーたちは、どんな思いやこだわりを持って自らを高め、理想に向かって邁進しているのか。普段のカウンター越しでは見られない一面をご紹介いたします。
まずは、バーテンダーになったきっかけを教えてください。
高宮 高校生の時、バイト先の先輩から勧められた映画が「カクテル」だったんです。主人公が派手にカクテルを作る姿が純粋にかっこよくて、バーテンダーという職業に憧れを抱きました。それからバーといって思い当たる銀座・六本木・西麻布の求人を手当たり次第に探して、西麻布のバーに勤めることができました。三年ほど修業を積んだ頃にお店が閉店したため、別の店でさらに二年勤め23歳でそのお店を買い取りました。一年間オーナーバーテンダーをしていましたが、上手くはいかなかった。僕の中での大きな挫折です。自信をなくして、バーテンダーという職を離れました。
それでも再びバーテンダーをやろうと思ったのはなぜですか。
高宮 周りのバーテンダーと会えば、やはり話題はお酒やバーでの出来事で。皆が大会や検定試験など前進するなかで、自分はそれを聞くことしかできなくて、一種の疎外感というか、一人取り残されているような感覚でした。とにかく悔しかった。それでもう一度バーテンダーとして生きていこうと決心し、地元である石神井にBar au comptoir(オ・コントワール)を開きました。もちろん初めから店一本では食
べてはいけず、昼間は近所の食品工場で働いていました。大変な生活でしたけれど、それが食品製造への関心が深まったきっかけにもなりました。そうするうちに『自分が憧れたバーテンダーって何だろう』『一生の仕事にしていくにはどうすべきか』などと考えるようになって、この仕事が好きだからこそ、現場以外での活躍の可能性を追求したくなったんです。自分の職をもっとクリエイティブなもの、広がりのあるものにしていくにはどうしたら、と。
それが株式会社はくすけ*の設立をはじめ、商品開発の道に繋がるわけですね。それと並行してコンペに参加しようと思ったのはなぜですか?
高宮 安直ではありますけれど、商品開発をしていくうえでは自分の知名度も必要になると考えたんです。やはり僕らはそういった実績が履歴書みたいな部分もあるので。もちろん純粋な実力試しという面もあったし、実際に出てみてとても楽しかった。僕らの職業はその日のうちに結果が出るような仕事ではないから、コンペという目に見えた結果が出る機会は貴重ですね。今後も挑戦し続けるつもりです。
*株式会社はくすけ……高宮氏が設立した食品企画・製造・販売のプロデュース会社。自社製品の開発や飲食店のプロデュース等。2012年設立。
そしてその先に見るもの
長く守り続けたお店を閉めようと思ったのはなぜですか。
高宮 新たな事業を立ち上げるとなった時、本当は並行して今のお店も続けようと考えていたんです。九年間、僕は自分が居ないとできないお店のスタイルをずっと貫いてきました。それは長く支えてきてくださったお客様のために維持していたことでもあります。だけど今後次々と新たな挑戦をしていくなかで、カウンターに立てない日がありながらお店を守っていけるのかと。やはり思い入れの強い場所だから、常に気になってしまうだろうし、戻ってきてしまうような気もしていた。中途半端に維持することは、お客様に対してかえって失礼なのではという考えが、僕の中で強く響いたんです。それで、閉店する決意をしました。両親、友人、お客様へ相談し続け、悩み抜いた末の決断でした。
高宮 形態もコンセプトも新しいスタイルのお店を作るつもりです。まず、バーテンダーの労働環境を変えていきたいという目的があります。営業時間を早め、週休二日制、社会保障をきちんと受けられるような環境の整備。社会的に安定した職業として時間や金銭的に余裕ができれば、コンペなどやりたいことに手を広げることもできるし、現場以外でのインスピレーションが上手くサイクルすると僕は考えています。そして、女性バーテンダーの存在も昼間の需要を狙った理由の一つです。実力や意欲が十分に備わっていても結婚や出産、育児というライフイベントを抱えながらバーテンダーとして活躍していくことは、おそらく現状ではなかなか難しい。優秀な人材を失うのはとても勿体無いことなので、働き方にも改善できる余地があるのならば手を尽くしていきたいんです。
昼間から開いているバー、となるとコンセプトとしてはどのようなものになるのでしょうか。
高宮 場所はオフィス街なので、朝からコーヒーが飲めて、軽食もあって、夜には美味しいカクテルやワインが飲めるような、既存のバー概念にとらわれないようなお店を目指しています。昼間の営業形態を考えたとき、モクテル*、コーヒー、ジェラートといった類のものが思い浮かびました。なかでもジェラートというのは、甘味や酸味など素材のバランスを考えてレシピを組み立てていくのでカクテルと構成は同じ。だからバーテンダーがジェラートを作るのはかなり面白いなと。働き方にせよメニューにせよ『これが正しい』という固定概念はあまり持たずに、『こうやったら良いかもしれない』というアイデアの積み重ねでお店に付加価値をつけていければと考えています。バーテンダーが勉強しにきたくなるようなお店を作り上げていくことは、スタッフの育成も必要になってくる。それは今後、僕が更なる挑戦をしていくうえで必要な勉強でもあります。
*モクテル……ノンアルコールカクテルのこと。「mock(擬似)」+「cocktail(カクテル)」の造語。
その先に挑戦していきたいこととは何ですか。
高宮 軸足をバーテンダーに置きながら、マネジメントの方面に舵を切っていきたいですね。具体的には、50歳までにバーテンダースクールを設立して、広がりをもったバーテンダーを育てていきたい。スタンダードの技術ももちろんですが、飲食に携わる各業界のプロフェッショナルとの垣根を越えた交流を通じて、もっと僕らの世界も広げていけたらと。実際に僕自身が考案した鰹節のカクテル『縁(えにし)』(詳細は下記参照)も、江戸料理研究家の方との出会いから生まれたものでありました。あらゆるインスピレーションの場を大事にしていきたいですね。そういった意味では、バーテンダースクールの一階にバーを併設して、生徒達が働きながら学べる場を作る構想も練っています。お客様に安価にカクテルを提供できるお店でもありながら、彼らが刺激を受ける実践の場でもあり、人と人との出会いが生まれる場所になるかなと。
高宮 職の可能性を広げていくこととして、引き続き商品開発にも力を入れていくつもりです。やはりコンペティションで実績を積み上げていくうちに、色々なところからお声掛けいただけるようにもなりまして。現在、大手印刷会社とともに農業支援をしようと考えています。傷がついた果物の破棄問題の打開策として、農家とバーテンダーの共同商品開発という形ですね。以前熊本のみかん畑を訪れた際に、破棄された摘果みかんを頂いたのですが、皮を剥いてみたらとても香りが良かったんです。ちょうど現地のバーでゲストバーテンダーをやっていたので、カイピリーニャにして出してみたら案の定美味しくて。これは使えるぞと。僕らの周りにはまだまだ知らない材料も、生かせる材料もたくさんあります。鰹節を取り入れた『縁』もそうでしたが、僕は自分の作ったカクテルでお客様に驚いてもらいたいというのが根本にあるので。斬新なアイデアというのは、お客様のみならずバーテンダーへの刺激にもなるだろうし、カクテルを通じて世界が広がっていけば面白いですよね。
高宮 バーテンダーという職業も、時代の流れとともに徐々に変わってきているし、今後もっと変えていける可能性だって十分に持っている。一人ではとても変えられないけれど、皆が何かしらの意識を持って変えていこうとすれば、きっと良い方向に流れていくと思うんです。僕らはそんな境目ともいえる、ある意味一番良い時代の一番良いポジションにいるのかもしれない。そんな使命感を抱きつつ、自分がかつて憧れたバーテンダーという職業で、僕も夢を与える存在であり続けたいと思います。
*BtoB……高宮氏が「Bacardi Legacy 2017」にて創作したカクテル。「Bartender to Bartender」の略であり、バーテンダー同士が強い情熱で繋がり協力し合うことによるバー業界の更なる向上と繁栄への願いが込められている。
本日はどうもありがとうございました。今後のご活躍を楽しみにしています。
縁(えにし)
「World Class 2017」にて創作した、「フランベ抽出」と名づけた技法により鰹節のイノシン酸と、梅肉のグルタミン酸を融合した“UMAMIカクテル”。
◎ウォッカ 50ml
◎レモン・ジュース 10ml
◎シロップ 10ml
◎梅肉 1/2tsp
◎鰹節 ひとつまみ