
NEW2025.09.1 Mon
ジャックダニエル蒸溜所ツアーレポート150年以上にわたって伝統的製法を磨き続ける『ジャックダニエル』のクラフトマンシップに迫る
BAR TIMES REPORT『ジャックダニエル』――そのブランド名は、ウイスキーに詳しくない人でも知っているだろう。フランク・シナトラや、ミック・ジャガーといった世界的なミュージシャンに愛されたことでも有名なテネシーウイスキーだ。現在では、世界175か国以上で、毎月5,000万人が『ジャックダニエル』を飲んでいるという。定番の『オールドNo.7』だけでなく、プレミアムラインの『ジェントルマンジャック』や『シングルバレル』も展開し、様々なシーンに対応。2025年秋には、100年前の逸品を現代の技術で復刻した『ジャックダニエル10年』が日本に初上陸する。こだわりの製法を探るべく、ジャックダニエル蒸溜所を訪ねると、1866年の創業時から継承されたクラフトマンシップが見て取れた。
世界で愛されるジャックダニエルを育む小さな町、テネシー州リンチバーグ
ジャックダニエル公式の世界で唯一の土産物店がある町。中央奥に見えるのが、町にたったひとつの信号だ。
『ジャックダニエル』は、アメリカ南部の内陸部に位置するテネシー州ムーア郡のリンチバーグという小さな町で造られている。州都ナッシュビルからは車で南東に1時間半ほど。町に信号はたったひとつで、ジャックダニエル公式の世界で唯一の土産物店を訪れた観光客で賑わう交差点にある。人口約600人の小さな町で400人を超える人々がジャックダニエル関連で働いていることからも、『ジャックダニエル』の存在の大きさがうかがえる。
ウイスキーが観光を呼ぶ町へ
貴重なボトルや、幼少期のジャックに蒸溜のノウハウを教えたニアレスト・グリーン氏の家系図など、歴史を感じさせる展示。
ジャックダニエル蒸溜所を案内してくれたのは、シニアホームプレイス アンバサダー ツアーガイドのジェッド氏。
ジャックダニエル蒸溜所は2000年にビジターセンターを開設。蒸溜所見学も行うようになり、全米から観光客が訪れている。ムーア郡はアルコール飲料の販売が禁止されているドライ・カウンティだが、ジャックダニエル蒸溜所では特別な許可を取り、併設の売店で『ジャックダニエル』を販売している。 テネシー州は北海道の約1.3倍の面積。州内の蒸溜所など31カ所を”テネシー州 ウイスキー トレイル”として打ち出し、ウイスキーツーリズムを提唱している。
森の中に建物が点在しており、バスで移動した後、木漏れ日の中を散策しながら蒸溜所を見学する。
創業の地を決めた“冷たい湧き水”の力
毎分約800ガロン(3,030リットル)の天然水が湧き出ているケーヴ・スプリング。
『ジャックダニエル』の創業者、ジャスパー・ニュートン・ダニエル氏は、洞窟から湧き出る鉄分を含まないケーヴ・スプリングに魅了され、リンチバーグに蒸溜所を構えた。ジャック氏は、ケーヴ・スプリングの周囲に、300エーカー・東京ドーム約26個分の土地を取得。ジャックダニエル蒸溜所は、木々が生い茂る丘に建物が点在する形で建てられている。緑に囲まれているが夏の陽射しは強烈で、蒸溜所の敷地内は30度を超す暑さ。しかし、一歩、ケーヴ・スプリングの湧き出る洞窟に足を踏み入れると、心地良い冷涼な空気に包まれていた。ケーヴ・スプリングは年間を通して13℃に保たれているのだ。誰も冷蔵庫を持っていなかった19世紀半ばにおいて、冷たい仕込み水はウイスキー造りに貴重だったことだろう。
受け継がれるレシピと“政府公認第一号”の誇り
ジャック氏が事務所として使用した建物も当時のまま保存されている。ジャック氏は、金庫を蹴った際の怪我が原因で亡くなったが、その金庫も間近で見ることができる。
ジャックダニエル蒸溜所は、1866年に政府に登録し、政府公認第一号蒸溜所として創業を開始した。1972年にはジャックが使用していた現存する旧事務所が、アメリカ合衆国国家歴史登録財に登録され、保全対象になっている。マッシュビルは創業当時から受け継がれる、コーン80%、大麦麦芽12%、ライ麦8%。ジャック氏こだわりのレシピで、『オールドNo.7』だけでなく、プレミアムラインである『ジェントルマンジャック』や『シングルバレル』、そして、この秋、日本に初上陸する『ジャックダニエル10年』も同じマッシュビルだ。
門外不出の酵母で、6日間かけて育む味わい
発酵工程終盤のファーメンターの香りを嗅がせてもらった。アルコール度数が高いのもあり、ツンとした刺激的な香りだ。
発酵に用いる酵母は、ジャックダニエル蒸溜所オリジナルの1種類のみ。禁酒法撤廃後から守り続けている門外不出の酵母をファーメンター(発酵槽)に投入し、6日間かけてアルコール度数を12%まで高めていく。アメリカンウイスキーは、発酵は3~6日間でおえ、アルコール度数8~10%のもろみを回収する蒸溜所が多いが、『ジャックダニエル』は時間がかかるのをいとわず、品質を追求。ファーメンターを64基備え、世界中の需要に応える生産量を可能にしている。
銅にこだわる、ジャックダニエルの蒸溜工程
7階建ての建物には、高さ30mのビアスチルが納められている。
銅製のビアスチルの前で説明するジェッド氏。スピリッツセイフからは勢いよくローワインが流れていた。
蒸溜は、まず、高さ30mにもなる銅製の連続式蒸溜器・ビアスチルで初溜を行う。ビアスチルの内部には穴の開いたトレーが20段入っており、蒸し器のような構造になっている。次に、ローワインを銅製の再溜器・ダブラ―で精溜し、アルコール度数70%のハイワインを回収する。 ステンレス製の蒸溜器に比べ、銅製の蒸溜器は高価だが、もろみを加熱して発生した蒸気と銅が接触することで硫黄臭が削ぎ落ちるため、銅製にこだわり続けているという。ジャックダニエル蒸溜所には銅製のビアスチルとダブラ―のセットが4基、備わっている。
テネシーウイスキーならではの“チャコール・メローイング製法”
サトウカエデの薪を木炭にするリックヤード。
木炭で壁に名前を書かせてくれる体験も!プロレスラーのジ・アンダーテイカー氏のサインもあった。
テネシーウイスキーの要件として、テネシー州で造られるバーボンウイスキーであることに加え、蒸溜したてのスピリッツ・ハイワインをサトウカエデの木炭で濾過してから樽詰めする”チャコール・メローイング製法”で造られていることがあげられる。使用するサトウカエデは、テネシー州で伐採された樹齢50~60年ほどの木材。サトウカエデの薪を木炭にする工程では、熟成前のジャックダニエルを着火剤として使用。アルコール度数70%の透明なスピリッツを手に吹きかけてもらうと、瞬時に乾いたのちに、ほのかに甘い香りがした。
サトウカエデの薪を木炭にする工程の模型。サトウカエデの薪は、中央のように組み上げ、2時間かけて焼いていく。
チャコール・メローイングを行う炭の入った槽。
木炭は一辺3cmほどに砕かれ、それを直径1.8m、高さ3mほどの大きな槽に敷き詰め、メローイングバットを作成。バットの上には格子状に細い管が通され、管からハイワインが、一滴一滴、細い糸のように滴り落ちていく。コーヒーのドリップよりもゆっくりで、建物2階分の高さを要する炭の入った槽を潜り抜けるのに数日かかるという。ハイワインが炭で磨かれることで、雑味やベタつきが取り除かれ、ジャックダニエル特有のスムーズなテクスチャーになるのだ。フレーバーや色味に影響を与えないことから、サトウカエデが選ばれているという。ジャックダニエル蒸溜所が創業した1866年は、南北戦争の終結直後。激戦地となったテネシー州は疲弊しており、手間と時間のかかるチャコール・メローイング製法でのウイスキー造りは容易ではなかったが、ジャック氏は地域の伝統的な製法にこだわった。創業から150年以上経った現在、ジャックダニエル蒸溜所にはメローイングバットが約80基あり、クラフトマンシップと生産量の両立を可能にしている。
香りと味を引き出す、樽づくりのこだわり
左はアメリカンオーク樽をトーストした状態。中央、右はそこからさらにチャーを施し炭化させ、表面に凹凸ができた樽。
ジャックダニエル蒸溜所では、樽の焼き加減にもこだわり、オーダーメイドした樽で熟成している。まず、アメリカンオークの新樽の内側にトースト処理(弱火で加熱)を12分間施し、その上で、チャー(強火で焦がす)を行う。チャーのグレードは3.5で、1~4と0.5刻みで7段階あるなかの、上から2番目強さだ。2段階の加熱処理により、木材の様々な成分が引き出されるという。ハイワインは60%まで加水して樽詰めされ、その数は1日に約2,000樽だ。
暑さ寒さが育む、ダイナミックな熟成環境
熟成庫は90棟以上あり、300万樽以上が保管されている。段数は、熟成庫により異なる。
熟成庫はトタンでできており、中に入ると外気よりは幾分、室温は低いが、上層階は熱気がこもることがうかがえる。夏場は30℃を超える暑い日が続くが、冬場は氷点下を下回るというから、ダイナミックに熟成が進むことだろう。視察した熟成庫はオープンリック式といって、木製でできており、3段の棚が3層積みあがっていた。ジェッド氏いわく、フレーバーの70~75%は樽由来だという。
ボトリングも自社で行っている。機械に頼るところと、手作業をうまく使い分けていた。
ジャックダニエル蒸溜所を見学して感じたのは、圧倒的なスケール感ながらも、まるで小さな蒸溜所が何個もあるかのようなクラフト感。そして、150年以上前の創業時から伝わる伝統的な製法を大事にする姿勢であった。
テイスティングで、プレミアムラインの魅力を再発見
熟成庫内でのテイスティングは、プレミアムラインの『シングルバレル』3種類の飲み比べも。
蒸溜所見学の最後には、熟成庫内でのテイスティング!まずは定番の『オールドNo.7』から。バランスの良いフレーバーとスムースなテクスチャーに「オールドファッションドのベースにも最適だと思います」とジェッド氏。
プレミアムラインの『ジェントルマンジャック』は、ジャック氏が生前、チャコール・メローイングを2回施すことでニューメイクへの恩恵を高めたアイデアを基に、1988年に禁酒法解禁後初めて発売された新製品。樽詰め前と後と、2回チャコール・メローイングすることで、スムースさに磨きがかかりシルクのようなテクスチャーに。ソーダ割りとの相性の良さを感じさせた。
シングルバレルソサイエティには、『シングルバレル』を一樽買いした個人や酒販店、バーが名を連ねていた。
同じくプレミアムラインの『シングルバレル』は、3種類を飲み比べた。テイスターチームが日々、テイスティングをし、熟成のピークに達した樽を『シングルバレル』としてリリース。その確率は、100樽に1樽という貴重な製品だ。『ジャックダニエル』特有のスムースなテクスチャーは共通しながらも、キャラメルのような甘さを濃厚に感じるもの、フルーティーな香りが際立つもの、オークの香ばしい余韻が印象的なもの…と表情の違いを実感。これは、熟成がダイナミックに進む、熟成庫の上層階で寝かせた樽から選んでいるからだという。ボトルには、熟成庫・樽・ボトリング日を識別できるナンバーも記載されているので、飲み比べる愉しさがある製品だ。
音楽の街ナッシュビルで味わう、テネシーウイスキーの現在地
ミュージックシティとして、夜でも活気あふれるナッシュビルの街(左)。『ジャックダニエル10年』がオンリストしていたナッシュビルの『Whiskey River Saloon』(右)。
見学を終え、テネシー州の州都・ナッシュビルのバーに出向くと、メニュー表には、バーボン、スコッチ、アイリッシュの並びに、テネシーウイスキーのカテゴリーが。10カ所ほどの蒸溜所の銘柄が揃っていた。ナッシュビルはミュージックシティとしても知られ、市街地の夜は眩いネオンに彩られ、生演奏を目当てに全米から観光客が押し寄せている。テネシーウイスキーを音楽と共に愉しむ人も多いことだろう。
日本に、今秋、初上陸する『ジャックダニエル10年』は、スーパープレミアムバーボンと呼ばれオークションを賑わしているバーボンの銘柄と並んでオンリスト。ジャック氏により開発され、1900年代初頭に発売されていた製品で、100年以上ぶりに復刻され、アメリカでは2021年から展開されている。なめらかさと芳醇さを兼ね備えたテネシーウイスキーで、バタースコッチのような濃厚な甘さの奥から、熟したピーチのようなフルーティーさが顔をのぞかせ、スパイシーな余韻へと続いていく。ジャックダニエル蒸溜所では、10年間熟成すると樽の中の半分以上が蒸発。『ジャックダニエル10年』は、とても希少な製品なのだ。日本では1,285本限定で、ホテルバーなどで扱われるという。
創業者ジャック氏が考案したマッシュビルを継承しつつ、より手間をかけた製法や、熟成という魔法によって様々な表情を魅せる『ジャックダニエル』。飲み比べることで、クラフトマンシップの真髄を感じられるだろう。
ジャックダニエル 商品情報
Jack Daniel’s Old No.7
アメリカンウイスキーとして、世界でも、日本でも、最も売れています。1866年の創業時から受け継がれるマッシュビルは、コーン80%、大麦麦芽12%、ライ麦8%と、プレミアムラインにも踏襲。テネシーウイスキーならではのチャコール・メローイング製法によるなめらかなテクスチャーと、バランスの取れたフレーバーが魅力です。1904年セントルイス万国博覧会、1905年リエージュ万国博覧会(ベルギー)で金賞を受賞。世界的なミュージシャンに愛され、アメリカンカルチャーの一部ともいえる存在です。
■容量:700ml ■アルコール度数:40%
Gentleman Jack
ジャックダニエルの伝統的なチャコール・メローイング製法を、2回施した唯一のウイスキー。通常のジャックダニエルは蒸溜後にサトウカエデの木炭で原酒を磨きますが、ジェントルマンジャックは瓶詰め前にもう一度チャコール・メローイングを行うことで、よりなめらかでシルクのような口当たりを実現しています。 アルコール度数は40%で、柔らかなバニラとキャラメルの香りが特徴です。力強い味わいと、テネシーウイスキーならではのなめらかさが調和しており、ストレートやロックはもちろん、カクテルでも楽しめる大人な1本です。
■容量:750ml ■アルコール度数:40%
Jack Daniel’s Single Barrel Select
厳選されたひとつの樽から瓶詰めされる特別なウイスキー。バレルハウスの最上階で熟成されるため、年間を通じて温度変化が大きく、樽ごとに異なる個性が際立ちます。そのため、同じ「シングルバレル」でも、ボトルごとに異なる表情を楽しめるのが最大の魅力です。アルコール度数は47%と、定番のオールドNo.7よりも高めに設定されており、力強いオークの風味と、バニラやスパイスのニュアンスが際立ちます。ウイスキー愛好家にとって、ひとつひとつのボトルが唯一無二の味わいと出会いを持つ、特別なジャックダニエルです。
■容量:750ml ■アルコール度数:47%
Jack Daniel’s 10 Years Old
創業者ジャック・ダニエル氏が1900年代初頭に生み出した10年熟成のウイスキーが、約100年ぶりに復刻。2021年にアメリカ限定でリリースされた製品が、2025年秋、日本に初上陸します。バレルハウスの最上階で8年間熟成、その後、下層階へ移されて2年間追熟 をし、長期熟成ならではの奥行きのある香りと味わいを引き出しています。アルコール度数は48.5%と、定番のオールドNo.7よりも高めに設定。アロマは、オークの力強さに、バタースコッチ、ほのかなシガー。味わいは、オーク、フルーツやココアといった多層感が特徴です。ラベルは歴史に敬意を表して当時のデザインをモチーフにしています。
■容量:700ml ■アルコール度数:48.5%
取材・文 馬越 ありさ 慶應義塾大学を卒業後、ラグジュアリーブランドに総合職として入社。『東京カレンダーWEB』にてライター・デビュー。エッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦氏に師事し、ウイスキーに魅了され、蒸留所の立ち上げに参画。ウイスキープロフェッショナルを保有し、酒類コンペティションの審査員も務める。公社)日本観光振興協会 日本酒蔵ツーリズム推進協議会 会員。