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NEW2025.08.1 Fri

たまさぶろのBAR遊記280年の伝統を破る「アイス アンペリアル」、氷たっぷりのシャンパンで夏の乾杯

たまさぶろ BAR評論家、エッセイスト

「BAR評論家」などと標榜していると、人々は実に様々な疑問を投げかけて来る。「なぜBARに行くのですか」「一番のオススメは…」などに始まり、「ウチでは何を飲むんですか」などなど。ここで意外に思われる方もいらっしゃるかもしれないが、最後の質問に対する回答は「シャンパン」だ。

実は人様にお出しできるような腕前ではないが、これまではずっとビルドのカクテルを自宅でも常飲して来た。ウイスキーのハイボールやジントニックなどがメイン、興が進めばワインやウイスキーに移ることも多かった。しかし新型コロナの蔓延により完全家飲みが定着、するともはや自分でお酒を作るという行為がやたら面倒になった。ホッピーをケースでオーダーしたが、これも一種ビルドのドリンクである。

若い頃はもちろん、キンキンに冷えたビールも好んだ、加齢とともにあまり量が飲めなくなった。缶チューハイもなんだか学生に戻ったようで、いかがかと考えた。そこで辿りついたのがシャンパンだ。

つい先日、格式あるゴルフ場のレストランでそちらのオーナーとご一緒する機会があった。「君は何が飲みたい」と問われたので「アルコールなら、なんでも飲みます」と本当の事を答えたのだが、「飲みたいものをハッキリ答えてくれ」と半ば凄まれたので、素直に「シャンパン」と告げると、なんとクリスタルが出て来てしまい、悪びれるしかなかったという出来事があった。閑話休題。

シャンパンでも特にお世話になっているのが「モエ・エ・シャンドン」。これだけ長きに渡り安定した味わいを保ち、かつ近所のスーパーでも容易に手に入る、シャンパンの中では値段も手頃。冷蔵庫で冷やしておきさえすれば、いつでも喉の渇きを癒してくれる。よって、どうしても愛飲度が高くなる。

そんな「モエ・エ・シャンドン」がこの度、過酷な日本の夏に合わせ、氷をたっぷりのシャンパンを提案して来た。シャンパンメゾン モエ・エ・シャンドンが主催するサマープロモーションのお披露目が7月4日、東京・渋谷のルーフトップバー「CÉ LA VI TOKYO」で華やかに開催され、足を運んだ。

会場には、板谷由夏、すみれ、一ノ瀬颯といったセレブリティが艶やかな浴衣姿で登場、夏の始まりを祝ったが、 彼らが手にしていたのが、この氷をたっぷりのモエ。 伝統と格式を重んじるシャンパンの世界において、「ご法度」とも思えるこのスタイルこそ、モエ・エ・シャンドンが日本の夏、ひいては世界のサマーシーズン市場を本気で獲りにいくための戦略である。

「常識」への挑戦、最高級シャンパンはなぜ氷を求めたのか

モエ・エ・シャンドンの歴史は、1743年の創業にまで遡る。 国王ルイ15世の時代にはフランス宮廷の御用達となり、ポンパドゥール夫人に「飲んだあと女性をより美しくしてくれるのはシャンパンだけ」と言わしめた。 後にはナポレオン1世との深い友情の証として、メゾンを代表する「モエ アンペリアル」が生まれるなど、その歴史は常に華やかなセレブレーションと共にあった。

この強力なブランド遺産は、モエ・エ・シャンドンを「成功と祝福の象徴」として世界中に認知させた。しかし、その輝かしい歴史は、同時に「特別な日のための、特別な飲み物」というパブリックイメージを強固なものにした。誕生日、結婚式、記念日。消費シーンが“ハレの日”に限定されがちなことは、成熟したブランドがさらなる成長を目指す上での大きなジレンマとなる。ここに伝統的ブランド、モエならではの葛藤があった。

その答えが、氷を浮かべ楽しむために生まれたシャンパン「アイス アンペリアル」。 このスタイルは、南フランスのリゾート地で生まれた、太陽の下でワインやシャンパンをカジュアルに楽しむ「ラ・ピシーヌ(フランス語でプールの意)」という粋なライフスタイルに源流を持つ。 モエ・エ・シャンドンは、この文化を単に取り込むのではなく、自社の技術力で“再発明”してみせた。

「アイス アンペリアル」は、氷が溶けることで味わいが薄まることを見越し、通常のシャンパンよりも甘みを強く設計されている。 具体的には、ドザージュ(補糖)の量を45g/lに設定(一般的な辛口で12g/l以下)。 さらに、マンゴーやグアバといったトロピカルフルーツの力強いアロマと、ネクタリンやラズベリーのふくよかな果実味を持たせることで、氷と一体となって初めてその魅力が完成するよう、味わいのバランスを緻密に計算。

単なる伝統の破壊ではない。シャンパーニュ地方最大の作付面積と3世紀近く受け継がれてきた「サヴォア・フェール(職人の匠)」を活かし、現代のライフスタイルに合わせ伝統をアップデートする「革新」に他ならない。 彼らは、自ら常識を打ち破ることで、シャンパンが活躍できる新たな市場を創造しようとしているのだろう。

脱・非日常、“カジュアルシック”で夏の乾杯シーンを再構築

「アイス アンペリアル」という製品が狙うのは、既存シャンパン市場のパイの奪い合いではない。それは、ビールやハイボール、あるいはサワーが支配してきた広大な「夏の日常的な乾杯シーン」という新たな大陸である。今回のイベントに招かれたゲストたちのコメントは、ブランドがどのようなシーンを具体的に狙っているのかを雄弁に物語っている。

女優の板谷由夏は、この新しいスタイルを「夏のアペロタイムにもぴったり」と評した。 「アペロ」とは、夕食前に軽くお酒とアミューズを楽しむフランスの粋な習慣。これは、フォーマルなディナーやパーティーといった従来のシャンパンのイメージから離れ、「仕事終わりの開放的な一杯」という、より日常に近いシーンへのシフトを明確に示唆。

モデルのすみれは、その乾杯シーンをさらに大胆に広げる。「バーベキュー、海とか、オープンエアで開放感のあるオケージョンで楽しみたい」。 これはアウトドア市場への挑戦だ。これまで缶ビールや缶チューハイの独壇場であったシーンに、「カジュアルシック」という新しい価値観を持ち込む。彼女がイベントの雰囲気を「エレガントさは失わず、“かっこつけすぎてない、でも華やかなパーティ”」 と表現したように、高級感を維持しつつも、機会を限定しない懐の深さ。これこそが、モエ・エ・シャンドンの新たな戦略だろう。

体験価値の最大化、五感に訴えるブランド・コミュニケーション

モエ・エ・シャンドンのサマープロモーションが巧みなのは、こうした戦略を声高に叫ぶのではなく、洗練された「体験」を通じて消費者に自然と理解させる点にある。イベント会場は、フランスの「粋」と人々の「つながり」を象徴する「キオスク」がテーマ。 鮮やかな赤と白で彩られたキオスク や、ソルベをサーブするフレンチシックなトローリー は、訪れた人々の心を躍らせる視覚的な仕掛けだ。

味覚と嗅覚へのアプローチも抜かりない。提供される「アイス アンペリアル」には、薄くスライスしたジンジャーやミント、ライムといったガーニッシュが用意される。 どの組み合わせが自分の好みかを探すという行為は、顧客を単なる消費者から、ブランド体験の「参加者」へと変える。これは、顧客エンゲージメントを高めるための巧みな演出だ。

さらに、DJゲストによるパフォーマンスが、聴覚を通じて会場を高揚感のあるラグジュアリーな空間へと変貌させる。 これら五感へのアプローチが一体となり、モエ・エ・シャンドンが提唱する「カジュアルシックなフレンチサマー」 の世界観を、ゲストは全身で浴びることになる。

渋谷の絶景ルーフトップバー「CÉ LA VI TOKYO」を7月1日から9月30日という長期間のプロモーションの舞台に選んだのも、この「体験価値」を最大化するための戦略的判断だ。 一度きりのイベントではなく、夏の期間中、誰もがその世界観を追体験できる場を提供することで、ブランドへの理解とロイヤルティを着実に醸成していく。

伝統とは革新の連続に過ぎない

モエ・エ・シャンドンの「アイス アンペリアル」戦略は、単なる夏の限定商品を巡るマーケティング活動ではない。それは、280年以上の歴史と伝統を持つ世界トップブランドが、自らが拠って立つ「常識」そのものを再定義し、未来の成長のために新たな市場を創造しようとする、壮大かつ知的な挑戦である。

モエはシャンパンを“ハレの日”の主役の座から、我々の“夏の日常を彩るパートナー”の座へと解放しようとしている。その手法は、歴史の否定や伝統の破壊ではない。長年培ってきた技術力に裏打ちされた「革新」によって、製品そのものを現代のライフスタイルに最適化させ、洗練されたブランド体験を通じ、その新しい価値を人々に伝えようというのだ。本イベントでは、モエ・エ・シャンドンのアンバサダーとなっている山Pこと山下智久が出演するプロモーション・ビデオがリピートされており、モエが目指す夏のシーンが鮮明に刷り込まれた気がする。

モエ・エ・シャンドンの夏への挑戦は、「伝統とは、革新の連続によってのみ守られる」の体現となるのか。今後の市場動向にも注目しておきたい。私個人は、この飲み方、ハイクラスホテルのウェルカムドリンクとして採用されると、すごく嬉しい。

文・たまさぶろ
BAR評論家、エッセイスト。立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』、『FMステーション』など雑誌編集者を経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。帰国後、月刊『PLAYBOY』、『男の隠れ家』などへBARの記事を寄稿。2010年、東京書籍より『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』を上梓し、BAR評論家に。これまでに訪れたバーは日本だけで1500軒超。他に女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York』など。

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