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NEW2026.03.23 Mon

ローズウッド宮古島「CHOMA BAR」が紡ぐ島の記憶マネジャー井崎宇太郎と世界一・後閑信吾が交差したカクテルの饗宴

たまさぶろ BAR評論家、エッセイスト

沖縄に誕生した、世界中が注目する極上のリゾート「ローズウッド宮古島」の一角に、これまでのリゾートバーの常識を覆す、極めてコンセプチュアルな空間が産声を上げた。その名は「CHOMA BAR(チョマ・バー)」。同ホテル内にあるプールバーが「自然を飲む」というコンセプトを掲げるのに対し、CHOMA BARを指揮するバー・マネジャーの井崎宇太郎氏は「宮古島の文化を飲む」というテーマを設定した。圧倒的な美しさを誇る自然の裏側にある、この島特有の強烈でディープな文化を、カクテルを通して紐解いていく。今宵、井崎氏が手掛ける郷土愛と情熱に満ちたシグネチャーカクテルの数々、そして、世界的バーテンダーであるSG Group代表・後閑信吾氏を招いて行われたゲスト・シフトの模様をお届けする。

店名「CHOMA(チョマ)」に込められた、結びの糸

カウンターにつくと井崎氏は、一片の切れ端をそっと差し出した。 「『チョマ』というのは、日本三大上布の一つである『宮古上布(みやこじょうふ)』の原料となる植物の名前です。麻の一種で『苧麻』と書きます」。干された後の素朴な植物の切れ端。ここから、髪の毛ほどの細さの糸が紡ぎ出されるという。店名にこの名を選んだ理由は、「ローズウッド宮古島を訪れるお客様と、この宮古島という土地を、一本の糸のように結びつけたい」という願いからだ。「宮古島には、綺麗な自然以外にも興味深い独特の文化が根付いています。では文化とは何か。私たちはそれを『お祭り』『宮古上布』そしてわらべ歌などの『民謡』の三つに定義しました。この三つをカクテルとすることで宮古島の文化を一口ごとに味わっていく。それがCHOMA BARのシグネチャーカクテルです」。井崎氏自身が温かみのあるタッチで描いたというメニュー表。最初のページに記されているのは、お祭り、宮古上布、わらべ歌など宮古島の文化の解説だ。

奇祭「パーントゥ」、泥と笑いと祈り、秘密の古酒

一つ目は、島尻地区で毎年行われるユネスコ無形文化遺産となっている奇祭「パーントゥ」。3体の神が地区を歩き回り、会う人誰彼構わず、さらには家や車にまで容赦なく「泥」を塗りたくるという行事。この奇祭について、私もNHKのテレビ番組『ブラタモリ』で知った。「泥を塗られた人たちは一年間無病息災、いいことがあるという意味合いがあります。ただ、見た目が完全に恐怖なので、大人たちは笑っているんですが、子どもからしたら悪夢でしかありません」と井崎氏は笑う。ちょっとだけ秋田の「なまはげ」に似てもいる。このカクテルは、地元「金城陶芸」に特注したパーントゥの顔のマグカップで提供される。そのベースは、島尻地区の購買店でのみ、地元民の間で流通しているという希少な「琉球王朝」の古酒(クース)。さらに、グラスの縁にはパーントゥの「泥」に見立てたチョコレートが付着している。手に取れば当然指が汚れるが、そこには「CHOMA BARに来たお客様に、良いことがありますように」という厄払いの祈りが込められているのだ。「実はこのお祭り、10月に行われるんですが、日程は事前に告知されません。過去に事情を知らない旅行者が泥を塗られてクレームになったことがあり、本当に来たい人だけが連絡をして参加するスタイルになったんです。だから僕も、このカクテルを出す承諾を得るために、島尻の会長さんと宮古島特有の飲酒文化『オトーリ』を交わして、やっとお墨付きをもらってきました」。オトーリは、宮古島で古くから伝わる泡盛の「回し飲み」。車座になって親(話し手)が口上(スピーチ)を述べた後、1つの盃で参加者全員に泡盛を注いで、それを回し、全員が口上を述べ連帯感を深めるコミュニケーション。約600年の歴史を持つとされる。私は石垣島で、ミュージシャンBEGINのメンバーから、この洗礼を受けた経験がある。

宮古島のハロウィン「シーサーガウガウ」

もう一つのお祭りは、子どもたちが主役の「シーサーガウガウ」。子どもたちがお菓子の箱や段ボールで手作りしたシーサーのマスクを被り、地区を踊りながら練り歩く。それを見た大人たちが、シーサーの口にお小遣いを含ませてあげるという、宮古島版ハロウィンのような心温まる風習だ。こちらも金城陶芸による、口を開けたオスと口を閉じたメスの愛らしいシーサー型マグで提供される。お金に見立てたチョコレートのガーニッシュが添えられ、宮古島産の素材がふんだんに使われている。

400年の手仕事、「宮古上布」を紐解

続くページは、店名の由来でもある「宮古上布」の世界。全て宮古島産、自然由来、そして完全なハンドクラフト。機械を一切使わないという厳しい掟の中で作られる織物を、井崎氏は3つのカクテルで表現した。まずは「ウリズンブー」。「ウリズン(初夏)」の「ブー(苧麻)」を意味するこの言葉は、茎が一番長く育つ時期に採れる最上級の素材を指す。井崎氏自ら、宮古上布を作るおばあちゃんの畑へ行き、共に収穫した経験から生まれた一杯だ。「チョマの茎を、アワビの貝殻を使って皮を剥ぐんです。その剥いだ皮を手で紡いで糸にします。このカクテルでは、いただいたチョマの葉っぱをパウダー状にしてまぶし、世界でここだけの『チョマの味』を楽しんでいただきます」。ガーニッシュのプレートにはアワビの貝殻を使用し、農作業の合間に食べられる冬瓜(スーマール)のピクルスを添えるという徹底ぶりだ。宮古上布の柄には、眉毛やホタルなど、400年前から存在する「自然の産物」が全て意味を持って描かれている。テレビもない時代、目に入る自然だけがデザインの源泉だったのだ。「中には『グッボーイ・グッガール(いい子・悪い子)』という柄もあって、悪い子だとお父さんからゲンコツをもらうという意味の、ゲンコツマークが入っていたりします」。遊び心溢れる「イーズ(設計図)」だ。実際の職人が使う方眼紙の設計図をコースターに仕立て、浮かび上がる柄の意味を楽しみながらグラスを傾ける。カクテル名「30×40(サンジュウカケルヨンジュウ)」は、職人が1日に織ることができる限界のサイズ(40cm×30cm)を意味する。高価な新品は手に入らずとも、クラフトマンに頼み込んで作ってもらったという貴重な端切れのコースターを使用。「僕らバーテンダーが、そこに季節のボタニカルを織り込んでいく」という美しい情景がカクテルに落とし込まれている。

月明かりと蛍光の「民謡」の記憶

宮古上布は、糸を作るのに1年、織り上げるのに半年以上と、一反を仕上げるのに約1年半もの歳月を要する。現在、島で織り手として活動しているのは高齢の職人を中心にわずか40人ほど。年間に作られるのはたった20反という幻の織物だ。「400年前、島の人々はこの宮古上布を『税金』として琉球王朝に納めなければなりませんでした。電気のない時代、どうやって夜な夜な働いていたかというと『月の光』で手元を照らしていたんです」。最後のコンセプト「民謡」をテーマにしたカクテル「ホタルヨ」は、当時の切ないわらべ歌から着想を得ている。「ホタルよ、ホタル。うちの網カゴに入って、手元を照らして。お父さんとお母さんがチョマを編むのを手伝って」。過酷な歴史と、そこに寄り添った小さな光の記憶が、グラスの中に静かに表現されている。「クラシックカクテルにも、必ず日本のエッセンスを入れています。例えばマティーニは、オリーブを燻してスモーキーなフレーバーを出しつつ、『ヒノキ』の香りをまとわせています」と、井崎氏は細部へのこだわりを語る。宮古上布の伝統は、いずれ消えてしまうのではないかと井崎氏は危惧している。 CHOMA BARは、こうした宮古島へのオマージュがふんだんに織り込まれた、もちろん世界に二つとないバーに仕上がった。バーホッパーはもちろん、ご存知の通り、カクテルに同じ一杯は存在しない。ウイスキーやワインであれば、その希少な一本が手に入りさえすれば、世界中のどこでも飲むことができる。だが、カクテルはそのBAR、そのバーテンダーからのみ繰り出される、希少性に類をみない逸品だ。 宮古島の伝統を飲むために足を運ぶ。そんな贅沢なBAR、ちょっとない。

世界の後閑信吾によるゲスト・シフトの夜

この日、一夜限りの僥倖に恵まれた。 ニューヨークのスピークイージー「エンジェルズ・シェア」在籍中の2012年、世界一に輝き、現在はSG Group代表である後閑信吾が一夜限りのゲスト・バーテンダーとしてカウンターに立っていた。後閑氏自身がローズウッドのカウンターに立つのは今回が初めてだ。「井崎さんとは、僕が14年前にバカルディ・レガシーで優勝し、日本で初めて行った凱旋ゲスト・シフト(新宿のパークハイアット東京)でお世話になって以来なんです。その時以来、久々に一緒にお仕事をさせていただきます」と後閑氏は微笑む。今回は提供される5種類のカクテルのうち3種類にウイスキーを使用するというチャレンジングな構成。後閑氏は、宮古島の温暖な気候と開放的なロケーションを緻密に計算し、アルコール度数が徐々に上がりつつも、決してヘビーになりすぎない絶妙なメニュー構成を提示した。

緻密に計算しつくされた5つの至高

この夜、後閑氏により振る舞われたのは、次の5つのカクテル。もちろん、こちらは宮古島でなくとも氏が経営するBARでオーダーは可能だが、氏の珠玉の一杯と宮古島との出会いに、その意義がある。

TOMATO TREE:
SG Clubの創業時から提供され、ニューヨークでも1日30杯は出たというシグネチャー。ウィルキンソン・ジンをベースに、ギリシャの樹液リキュール「マスティハ」を使用。トマトとバジルの風味が爽やかに抜け、スターターにふさわしい軽やかでリフレッシングな一杯だ。

BANSHLOO & TONIC:
「バンシルー」とは沖縄の言葉でグアバのこと。グアバをクリアに清澄化し、ウォッカと合わせトニックで割ったシンプルでありながら、極めて洗練された「グアバのウォッカトニック」。

Strawberry Hotpot
ニューヨーク時代からのレシピ「イチゴの火鍋」。フルーティーなイチゴのイメージを裏切る、スパイシーでセイボリー(塩味・旨味)なアプローチ。甘さに頼らない、大人にこそ響く複雑な味わいが魅力。

Wax On, Wax Off:
1980年代の大ヒット映画『ベスト・キッド』(原題:The Karate Kid)に登場する空手の師匠ミスター・ミヤギの練習方法にインスパイアされた「宮城さん」カクテル。ニッカのウイスキー「宮城峡」をベースに、沖縄らしさを加えるため「泡盛」を使用。この泡盛は、SG Groupが新たにプロデュースし、ローンチされたばかり(3月4日発売)のさくら酵母を使ったフルーティーな「AWAMORI DE LEQUIO」。そこに、ポメロとグレープフルーツの交配種「メローゴールド」の甘苦さ、中南米産トンカ豆のナッティーなスパイス感をプラス。仕上げにハチの巣から採れる蜜蝋(ビーズワックス)を使って宮城峡をエイジングさせるという、「ワックスで磨く」工程を見事にカクテルの技法へと昇華させた一杯。

Coffee Vesper
最後を飾るのは、カフェモルトをオーガニックのココナッツオイルでウォッシュし、ココナッツウォーターを合わせた重厚かつ華やかなカクテル。パナマ産の最高級品種「ゲイシャ種」のコーヒーをミルク出しし、シェリー酒でミルクウォッシュして清澄化。きな粉の香ばしさを加え、黒糖ピーナッツと共に味わう。アルコール度数は高いものの、シルキーな口当たりでスッと馴染んでいく。いわゆる「BARの通」におすすめしたい洗練された一杯。

ゲスト・シフトの際「メニューを作るときは、お店の環境、その場所のマーケット、そして全体の構成を考えます。今回はうちにある12の店舗から雰囲気に合うものを引っ張ってきて、さらに宮古島の材料に微調整してこのメニューを作りました」と後閑氏。そんな後閑氏のゲスト・シフトを聞きつけ、カウンターには地元・宮古のお客も駆けつけていた。いつも通りではあるものの、ぼんやりとカクテル・グラスを傾けているうちに、この夜用意されたすべてのカクテルはソールドアウトに。正直に吐露すると、Wax On, Wax Offを逃してしまったのは、ここだけの話。SGのどこかで、ありつかねばと心に誓うのだった。

島の歴史と、最先端のミクソロジーが交差する夜

「エル・レキオ(SG Groupが2022年、那覇に出店した一軒)以外でここまで宮古島のカルチャーやローカルな材料を推し出しているカクテルバーは他にありません。こういう徹底的にローカライズされたメニューは海外では主流ですが、日本にはなかなかない。本当に面白いです」。井崎氏が最後にこう説いた。「これだけ強烈な文化があるからこそできるメニューです。ここには『島流し』の歴史さえあり、重い罪の人が運ばれてきたという独特の背景がある。だからこそ、お酒を飲む文化も歴史も、深く、面白いんです」。宮古島にあるのは、能天気なリゾート感覚のみではない。こうした深い歴史が根底にあるからこそ、そこで生まれるカクテルにも深遠な美しさが宿る。「CHOMA BAR」は、計算し尽くされたミクソロジーの技法を通し、宮古島が歩んできた400年の時間と直接対話するための「入口」だ。「CHOMA BAR」は、世界中のバー・ホッパーのデスティネーションとなるのか。宮古島の海風の中で溶け合ったこの夜は、日本のバーシーンにおける新たな伝説の始まりを予感させる至福のひと時だった。


文・たまさぶろ
BAR評論家、エッセイスト。立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』、『FMステーション』など雑誌編集者を経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。帰国後、月刊『PLAYBOY』、『男の隠れ家』などへBARの記事を寄稿。2010年、東京書籍より『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』を上梓し、BAR評論家に。これまでに訪れたバーは日本だけで1500軒超。他に女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York』など。

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