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2016.10.27 Thu

たまさぶろのBAR遊記本場スコットランド蒸留所探訪
2.【クライゲラキ編】

たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイスト

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米語圏で生活する、もしくは、していた者にとって、スコッチ・ウイスキーの名称は意外に難解だ。

「イギリスの商品=英語」というつもりで、その通りに読もうとすると、少々混乱する。癖のあるスコッチ・ウイスキーの名産地として知られるアイラ島(Islay)を「アイレイ」と発音していた世代としては特に面喰う。Ardbegは「アードベッグ」と表記しなければならないが、ついつい「アルドベッグ」と読んでしまう。Inchgowerが「インチゴーワー」ではなく「インチガワー」が正しいと知ったのも日本に帰国してから。果たして、そんな傾向は私だけだろうか…。

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クライゲラキ蒸留所 左の開口部が「ウォータールー・ストリート」様式の特徴

そうした強敵のひとつに「Craigellachie」がある。「クレイグラッチーかな?」とか「クレイゲリキエ?」とか自分の無知をを露呈しまくった後に、「クライゲラヒです」とオーダーを待ち構えていたBARのマスターに「むっ」とされたりなんぞもし…。私のスコッチに対する知見とは、そんなものだ。日本語では「クライゲラヒ」が優勢だが、2016年初頭、日本で正式にリリースしたメーカー資料に基づき、ここでは「クライゲラキ」と表記する。

クライゲラキは、スコットランドのスペイ川流域に位置する村の名。スコッチ好きにとっては、「スペイサイド」と呼ばれる中心地のひとつとして名高い。Craigellachieは、ゲール語の「Creag Eileachaidh」からなるとされ、クライゲラキ蒸留所の公式サイトにも「rocky hill」の意と記されている。平たく言って「岩ばった丘」だ。スペイ川から上った、現在の集落がある界隈がこの「岩ばった丘」にあたり、蒸留所はさらに上った丘の上に建っている。

「クライゲラキ」の日本語訳をWEBなどで検索すると「無情に突き出た大岩」という訳語が通説として使用されているようだ。だが、さらに調べてみると「Creag Eileachaidh」の「Creag」は、「rock、cliff」の意。「Eileachaidh」は、まったく同様のスペルが見つけられなかったが、「Eileachadh」という「i」がひと文字かけた単語があり、これは英語の「alienation」に置き換えられる。つまり「孤立した」状態を指す。これを「孤立した崖」もしくは「孤立した岩」と考えると、スペイ川流域に特別目立つ崖、岩場があり、結果的に「クライゲラキ」という呼び名となったと推察するのが妥当だろう。

遅くとも1750年までにはクライゲラキ村が成り立ち、スペイ川を行く交通の要所となった。現在、クライゲラキの旧橋がかかる辺りには「渡し」が行き交っていたと聞く。

クライゲラキ蒸留所は1891年、ブレンド・ウイスキー「ホワイト・ホース」の創業者ピーター・マッキーと蒸留家アレクサンダー・エドワードによって設立。ホワイト・ホースのキー・モルト(ブレンドの核となる原酒)として、その名を知らしめた。1920年代には一時「ホワイト・ホース蒸留所」という名を掲げていたほど。

現在の蒸留所は1964年から65年にかけ改修され、「ウォータールー・ストリート」スタイルというグラスゴーにある通り名前からとられた様式となっている。「スコッチ・モルト・ディステラリー」のエンジニアリング部門が位置するグラスゴーの「ウォータールー・ストリート」から取れた。

蒸留器の置かれた施設の一面の外壁が窓となっており、フルオープンすることで換気を助ける造り。たとえ冬場に窓を全開にしても、蒸留器の熱で、内部は暑いほどだと言う。ロイヤル・ブラックラ蒸留所の写真を参考にしてもらうと判りやすい。

この改修以前は、ウォッシュを撹拌するために水車が使用され、フロアモルティングも行われていた。このオリジナルの蒸留所は、50以上のスコッチ蒸留所を設計したとされるチャールズ・ドイグに手によるもの。現在は倉庫として使用されている。

そもそも創業者のマーキーは、大麦の配合については、秘密のレシピを考案し、それはBBM(bran、bone、muscle)と呼ばれ、蒸留所の床に隠し、その大麦粉は従業員にも構内でのみで使用するように命じていたとか…。

蒸留所の年間生産量は410万リットル。スコッチは二度蒸留するため、通りから眺め、向かって左に初留釜が2機、向かって右に二度目の蒸留を行う再留釜が2機並んでいる。初留釜は1機あたり2万2730リットル、再留釜も1機当たり同様の容量を持つ。4機ともすべてストレートヘッド。

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シベリア・アカマツ製木桶
蒸留前の発酵では、シベリア・アカマツ製木桶のみ8器を使っている。木桶のみを使用しているとは、かなりの驚き。今時、ステンレス製を配置していないとは…。なにしろ時代は21世紀。木桶の清掃はスチームでのみ行う。木桶に行き続ける菌が、発酵に重要な役割を果たしており、古来の味を守るためにも木桶にこだわり続けている…というのが、その理由らしい。

本蒸留所は現在、一般には公開されていない。だが、ありがたいことに蒸留所の当該部門の担当が気を良くし、この桶の撮影を許可し、一杯味見をさせてくれた。滅多にない機会なので、ぜひ写真をご参照のこと。ちなみに本蒸留所も一般には公開されていないので、足を運ばれる方は事前に連絡の上、確認を。

熟成はスコットランドの「ミッドランド」にて、ホッグスヘッドのバーボン樽もしくはバットのシェリー樽で熟成される。本蒸留所で生まれた原酒の98%がホワイト・ホースを始めとするブレンド・ウイスキーとして使用されるため、クライゲラキの稀少性は高い。

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右が「クライゲラキ31年」 なぜ購入しなかったのか、今頃悩む…。

スコットランドのアイラ島に代表される焦げ臭い、ヨードチンキを思わせる味覚は、泥炭(ピート)で麦芽を乾燥させることによって生まれる。ピートとは、石炭の出来損ないみたいものらしく、燃焼燃料として使用される。しかし、クライゲラキは、このピートを使用した香り付けを大麦に施していないにもかかわらず、少々スモーキーな味わいが特徴である点は、スコッチ好きのみなさんがご存じの通り。スコットランドでも「ピート香が好き」という客が、「スペイサイドのものが呑みたい」と主張する場合には、まずクライゲラキを勧めるという。

ちなみに本蒸留所内では独自に熟成用の樽を製作していた時期もあり、現在単なるガレージに使用されているが、今回、クライゲラキのテイスティングをこの部屋で行った。やはり、今でもバランスの優れたホワイト・ホースに似た味を発見することができる。

中でもお勧めは31年。びっくりするほどのバランスと独創性に秀でた出来。しかし、後に気づくのだが、日本では13年、17年、23年しか正式にはラインナップされていないのだとか。し、しまった! テイスティングできたので、てっきり日本でも手に入るものと勝手に思い込み、購入してこなかった。無念…。

クライゲラキ31年…ぜひ手元に置きたい一本なり。

 


 

たまさぶろ
元CNN 、BAR評論家、エッセイスト
立教大学文学部英米文学科卒。週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。CNN本社にてChief Director of Sportsとして勤務。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」をプロデュース。日本で初めて既存メディアとウェブメディアの融合を成功させる。これまでに訪れたバーは日本だけで1000軒超。2015年6月、女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』上梓。米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York』、2016年1月発売予定。
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